from Fela Kuti - The Music that Would not be Disappeared!
by Mukoma Ngugi April 16, 2006
ZNet原文
1977年のことをテジャモラ・オラニヤンはこう書き綴っている。AK47で武装したナイジェリア人の兵士らがフェラ・アニクラーポ・クティ(※1)のライブコンサートを襲った。目的は、司令官の命令に従い、「音楽を抑え込むこと(= Arrest the Music)」だった。司令官は、楽器をや機材を押収し、コンサートを妨害することを図った。しかし、ここでオラニヤンが本書で導入しているこの特有のフレーズを、即座にフェラが想起したわけではなかったであろう。
例えば、それはある種の特色、つまりアート、なかでも抵抗の音楽と植民地独立後のアフリカ国家との間に横たわる特色を暴いているのだ。
独立闘争の間にナショナリストであったアーティストは、植民地独立後の国家における矛盾に光を当てることによって、たちまち国家の敵とされた。
植民地独立後の政府にとって、アーティスト、あるいは彼らの芸術との関係をより強調するために、「音楽を封じろ」というフレーズは、ングーギ・ワ・ティオンゴの小説、『マティガーリ』に対する発禁令を思い起こさせる。政府は、この作品を一国全体の真実と和解を探求するような形のトラブルを招くと考えたのだった。
これはまた、ケニア政府の高官がカール・マルクスというトラブルの種にひどく腹を立てていた時のことを思い出させる。政府がなぜ彼を逮捕することすらできないのか不思議でしかたがない、と言われた。
結局のところ、フェラは容易に見抜いたのだ。白く長いあごひげ、白髪に重たい頭。誰もが知るように、これはビアフラ戦争の時のナイジェリアにおいて、ウォレ・ショインカ(※2)を逮捕・拘留するために用いられる基準となった。
植民地独立後の当局は手際よく、禁止し、拘禁し、殺し、追放する。けれども、こうした誤った努力は、同時にアーティストに対して、風刺のための強力な好機を与えてしまうことになったのだった。
第二回につづく... (多分)
上の記事は、Tejumola Olaniyanの『Arrest the Music! Fela and his Rebel Art and Politics』という書籍に関するMukoma Ngugiによる記事の翻訳記事になります。
(※1)フェラ・アニクラーポ・クティ(1938-1997) - ナイジェリア人ミュージシャン、作曲家。アフロビートの先駆者。人権活動家。
(※2)ウォレ・ショインカ(1934-) - ナイジェリア人作家。アフリカ最高の劇作家とも。1986年ノーベル文学賞受賞(アフリカ初)。
※誤訳などありましたら、ご指摘ください。ええ、全然自信ないですが、恥知らずにも翻訳してみました。はい、勉強します。この翻訳自体も練習だったりします。
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2006年06月04日 02:30
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