ObservatoryとFreshlyground

最初にFreshlygroundの名前を聞いたのはいつのことだろう。そう、あれはいつものように、オブザバトリーのVoilaという店でコーヒーを啜っていたときのことだったと思う。

ウェイトレスのEは、車やらミュージシャンやらヌードモデルやらが表紙の雑誌をもってきて、いたずらっぽくたずねる。

「雑誌でも読まない?何がいいかな、クルマ?音楽?それとも……、女の子?」

Eは女優の卵で、半年後には夢を追いかけ、カナダへと渡った。Voilaは、2年後に店じまいしていた。あの時、Eにこのオブザバトリーに住むミュージシャンのCDとして紹介してもらったのが、Freshlygroundだった。まだ最初のCDを出してすぐのことだったと思う。あの頃は、ケープタウンのCDショップにも滅多に置いてなかった。

それから、しばらくしてやはりVoilaで、あるゲイの友人に偶然会い、彼に誘われて野外ライブに出かけた。初めて観たFreshlygroundのライブだった。テーブルマウンテンの麓のステージ最前列で踊り戯れ、心の底から楽しんだ。

誰かが、Freshlygroundの音楽は、少しカリヴィアンな感じがする、と言っていた。よくわからないけど、空高く突き抜けるような歌声に、なんとなくそんな部分を俺も感じるような気がする。基本的には、ジャズなんだと思う。彼らは、アフロフュージョンとも言ったりしている。また、英語で歌っている部分も多いけれども、同時にボーカルの女の子の母国語であるコーサ語の響きがすてきで、いくらかはこの地の黒人音楽の特色を反映しているんだろう。

2年くらい前は、オブザバトリーの町を歩いていると、メンバーによく遭遇した。時に、酔っているのか木に登っていたりする場面を見たりもした。何人かは、昨年僕が仕事をしていた南アフリカドキュメンタリー映画祭にも顔を見せてくれた。Freshlygroundは、僕らが暮らしていたオブザバトリーのバンドだった。

2005年に、ケープタウンに再訪した際には少し驚いた。当地では相当な人気ミュージシャンになっていて、ラジオでは彼らの曲がひっきりなしにかかっていた。それもある一つの曲のみが延々と流されていた。ヒットする時ってそんなものかもしれないけど、俺は少し複雑だった。ライブが始まる前に、いつもステージのふちに座って足をブラブラしてリラックスしている、そんな感じだったボーカルのゾラーニが見られなくなるとしたら、少し寂しいよ。

今ではヨーロッパや世界各地でライブをして周っていて、ケープタウンにいないことも多いようだけど、僕らの中では、彼らはいつまでもケープタウンの、オブザバトリーのバンドなのだ。これは、最高の賛辞なんだよ。Observatoryはそういう土地なんだから。

実は、このFreshlygroundは、2005年に愛知万博で演奏するために日本にも来ていた。去年、キーボードのアロンに会った時には、また日本に行くことはあると思うよ、って言っていた。

そういえば、アロンは、ヒロシマの日に俺がプレゼントした折鶴をどうしただろうか。


【公式サイト】 http://www.freshlyground.com/

【CD】

B000FQ5DRONomvula
Freshly Ground

Red Ink 2006-07-10
売り上げランキング : 115744

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

B000H5VB9MDoo Be Doo
Freshly Ground

Tinto Tanta 2006-10-02
売り上げランキング : 149000

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

- Kazu -

中村和正。1981年生。神奈川県横浜市出身。
2003年、南アフリカのケープタウンに語学留学。2005年7月、第7回エンカウンターズ南アフリカドキュメンタリー映画祭にボランティアスタッフとして初めて参加し、以後同映画祭の広報を担当。2006年、アジア・アフリカ相互理解促進プロジェクト「Nagana Japan」を創設。

これまで訪れた国はアジアとアフリカを中心に30ヶ国ほど。一人旅至上主義。
個人サイト: Rolling Kids Studio
ブログ:Rolling Kids Blog

2006年04月25日 14:15

(C) Copyright 2006 Nagana Japan. All Rights Reserved.
http://www.naganajapan.org/jp/archives/000252.php