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	<title>Nagana Japan</title>
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	<description>アジア・アフリカ相互理解促進プロジェクト</description>
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		<title>ケープタウン新聞創刊しました！</title>
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		<pubDate>Tue, 01 Sep 2009 02:26:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kazu</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[2009年9月1日、インターネットメディア「ケープタウン新聞」を創刊いたしました。Nagana Japanは運営管理を担当しています。
ケープタウン新聞は、南アフリカ共和国ケープタウン都市圏および西ケープ州地域のビジネス [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2009年9月1日、インターネットメディア<a href="http://www.capetownnews.jp/">「ケープタウン新聞」</a>を創刊いたしました。Nagana Japanは運営管理を担当しています。<br />
ケープタウン新聞は、南アフリカ共和国ケープタウン都市圏および西ケープ州地域のビジネス・カルチャー・イベント・ライフスタイルなどに関するニュースやコラムを配信するインターネットメディアです。ケープタウンは、来年のワールドカップをひかえ、盛り上がりを見せつつある地でもあります。母なる都市、ケープタウンから発信する新プロジェクトをよろしくお願いします。</p>
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		<title>メールマガジン配信しました</title>
		<link>http://www.naganajapan.org/2009/08/16/publish-mail-magazine/</link>
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		<pubDate>Sun, 16 Aug 2009 12:13:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kazu</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[ケープタウン]]></category>

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		<description><![CDATA[メールマガジン「Nagana Mail News」を配信しました。9月スタート予定の新規プロジェクト「ケープタウン新聞」のお知らせなどです。配信部数は61部でした。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>メールマガジン<a href="http://www.naganajapan.org/nagana-mail-news/">「Nagana Mail News」</a>を配信しました。9月スタート予定の新規プロジェクト「ケープタウン新聞」のお知らせなどです。配信部数は61部でした。</p>
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		<title>事業内容などを更新しました</title>
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		<pubDate>Sat, 08 Aug 2009 11:21:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kazu</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[Nagana Japanについてのページに、事業内容やHISTORYの項目を追記しました。アフリカにかかわることなら、幅広くリサーチ業務やコーディネートなど承ります。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.naganajapan.org/aboutproject/">Nagana Japanについて</a>のページに、事業内容やHISTORYの項目を追記しました。アフリカにかかわることなら、幅広くリサーチ業務やコーディネートなど承ります。</p>
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		<title>鎖を解き放て！ &#8211; BJCとROOTSから考える</title>
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		<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 13:37:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kazu</dc:creator>
				<category><![CDATA[映画]]></category>
		<category><![CDATA[音楽]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ]]></category>
		<category><![CDATA[ガンビア]]></category>
		<category><![CDATA[奴隷]]></category>

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		<description><![CDATA[自らの名を名乗ることさえ許されない人々がいた。一方の人々は、他方の人々を家畜のごとく使役し、彼らの名前を奪い、それから、自分たちにとって都合のよい名前を彼らに押しつけた。
しかし、そうして名を奪われた一人の男は、たとえ鞭 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>自らの名を名乗ることさえ許されない人々がいた。一方の人々は、他方の人々を家畜のごとく使役し、彼らの名前を奪い、それから、自分たちにとって都合のよい名前を彼らに押しつけた。</p>
<p>しかし、そうして名を奪われた一人の男は、たとえ鞭打たれ、押しつけられた名を強要されても、祖国への想いを、その誇りを失うことは決してなかった。クンタ・キンテ。それが男の本当の名前だった。</p>
<p>    悪いひとたちがやって来て　みんなを殺した<br />
    理由なんて簡単さ　そこに弱いひとたちがいたから<br />
    女達は犯され　老人と子供は燃やされた<br />
    若者は奴隷に　歯向かう者は一人残らず皮を剥がされた<br />
    Blankey Jet City 『悪いひとたち』から</p>
<p>西アフリカのマンディンカ族の村からアメリカ大陸に連れ去られ、奴隷として売られ非人間的な暮らしを余儀なくされるマンディンカの戦士クンタ・キンテにはじまり、20世紀の作家アレックス・ヘイリーへと至る、７世代にわたる『ルーツ』の壮大な物語は、アメリカの歴史であると同時に、アフリカの歴史でもあり、そして、人類の歴史である。物語の核心には、単なる事実の羅列でも、政治史でもなく、いつでも、「人間」がいた。</p>
<p>    すさんだ心を持ったハニー　ヨーロッパ調の家具をねだる<br />
    SEXに明け暮れて　麻薬もやりたい放題<br />
    つけが回ってくるぜ　でもやめられる訳なんてないさ<br />
    そんなに長生きなんてしたくないんだってさ<br />
    それを聞いたインタビュアーが　カッコイイって言いやがった<br />
    Blankey Jet City 『悪いひとたち』から</p>
<p>アレックス・ヘイリーは、自らのルーツを辿るこの物語を一冊の本に著し、やがてそれはテレビドラマとしてアメリカで、全世界で放映された。時を経て、日本のロックバンドBlankey Jet Cityは、「悪いひとたち」というひとつの歌を奏でた。Blankey Jet Cityの浅井健一が書いた詩には、ルーツを抱えて生きる僕らの今が、鮮やかにうつしとられている。明日への希望のメッセージとともに。</p>
<p>鎖につながれること。奴隷船。ムチ打ち。レイプ。ひどい苦難の中でも、クンタ・キンテとその子孫は、自分が誰であるかということを決して忘れなかった。</p>
<p>誇り高きマンディンカ族。カンビ・ボロンゴのほとりに暮らす戦士オモロ。そしてその息子、クンタ・キンテ。ある日、太鼓をつくるための木を探すために森に入ったクンタは、奴隷商人につかまり、そして、アメリカへと連れてこられた。再び自由を手にする日の夢を、クンタは娘のキジーに託し、それから、キジーは息子のチキン・ジョージに託した。</p>
<p>    残酷な事件は　いつの日からかみんなの一番の退屈しのぎ<br />
    残酷性が強ければ強いほど　週刊誌は飛ぶように売れる<br />
    その金で買った高級車　夜の雪道でスリップした　その時<br />
    ヘッドライトに映し出されたのが　黒い肌に包まれたチキンジョージ<br />
    今日もあの気持ちのまま一人で歩いてる　街に真っ白いMILKを買いに行く途中<br />
    それを見たバックシートの男は　12月生まれの山羊座で<br />
    第三次世界大戦のシナリオライターを目指してる<br />
    日傘をさして歩く彼の恋人は妊娠中で<br />
    お腹の中の赤ちゃんは　きっとかわいい女の子さ<br />
    Blankey Jet City 『悪いひとたち』から</p>
<p>20世紀末に発表された「悪いひとたち」という曲が、僕らに強く訴えるのはおそらく、歴史と、ルーツとともに生きる、「現代」の社会を切り取っているからであるだろう。ある意味で、歴史は現在の問題なのだ。</p>
<p>名を奪われるということは、遠い歴史の事実ではないことを思い起こしてみよう。例えば、ほんの10年程前にシステムとしてようやく終止符が打たれた南アフリカにおけるアパルトヘイト（人種隔離政策）。反アパルトヘイト闘争の指導者であり、後に大統領となったネルソン・マンデラの名ネルソンが、学校の先生に強制されたにすぎない名であるように、今でもこの地では、あの時代に押しつけられた名を抱え、生きつづけている人々がいくらでもいるのだ。</p>
<p>クンタ・キンテの子孫が、ドラマのラストに叫んだ「We is Free!」というセリフを、心の底から叫ぶことの叶わない人々が、今のこの世界に、はたしてどのくらいいるのか思い巡らしてみよう。戦争は少しも終わってはないし、権力に、力に翻弄され締めつけられつつも生きている人々は、悲しいことに、いくらでもいる。</p>
<p>それでも、同時に僕らは絶望する必要は決してないことを知っている。親が子に未来を託すように、希望は小さきものに宿り、やがて花開くことがあるということを知っているから。そして、「ルーツ」の物語が示してくれたように、この世界に生きるということは、決して単なる苦難の物語ではなく、いつでも、希望の物語でありつづけるのだから。</p>
<p>    BABY　Peace Markを送るぜ　このすばらしい世界へ<br />
    Peace Markを送るぜ<br />
    きっとかわいい女の子だから　きっとかわいい女の子だから<br />
    きっとかわいい女の子だから　きっとかわいい女の子だから<br />
    きっとかわいい女の子だから　…………………………<br />
    Blankey Jet City 『悪いひとたち』から</p>
<p>※『ルーツ』では、We is のような表現が頻繁に見られる。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>理解と思慮分別の間で &#8211; 『A Reasonable Man』</title>
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		<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 13:35:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kazu</dc:creator>
				<category><![CDATA[映画]]></category>
		<category><![CDATA[南アフリカ]]></category>

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		<description><![CDATA[たいていの場合、振り返ってみればきっかけと呼べるものがある。僕の場合、自分と「アフリカ映画」が強く結びつくことになるきっかけは、『A Reasonable Man』にあった。南アフリカに訪れ、この映画と出会うことがなかっ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>たいていの場合、振り返ってみればきっかけと呼べるものがある。僕の場合、自分と「アフリカ映画」が強く結びつくことになるきっかけは、『A Reasonable Man』にあった。南アフリカに訪れ、この映画と出会うことがなかったら、今のような形でアフリカの映画に深い関心を抱き、積極的にそれに関わろうとする ようなこともなかったのかもしれない。</p>
<p>『A Reasonable Man』の舞台のメインは、南アフリカの法廷にある。けれども、これは単なる法廷闘争の物語ではない。この物語は、現代の多文化社会に生きる僕らに対し て、深く問いかけつづける。道理にかなった人間とはどういう人を指すのだろうか？信仰が殺人を導いてしまったとき、ひかれるべきラインはどこにある？そし て、殺人者はまだあどけない少年。この種の物語は、あらゆる場所にある。それでも、同じ物語は他のどこを探してもないのだ。</p>
<p>ズールー族の少年は、家族とともに村で暮らす。ある日、少年は白人の男に出会う。男は休暇中の弁護士だった。少年の示した素朴な心遣いが男の心に触れた。少年はまだこの時、殺人者ではなかった。</p>
<p>藁葺き屋根の簡素な少年の家。家の中にいるのは、少年ひとり。テーブルから落ちたテーブルクロスが奇妙に動く。何かがいる。少年の眼にとって、それ は「トコロシュ」だった。古くから信じられる、背丈の低い人の形をした悪霊。少年はひどく怯えていた。それでも、わずかに勇気をふりしぼり、少年はそばに あった斧か何かを取り、その何かに振り下ろした。テーブルクロスの下から血にまみれ、顔を出したのは、人間の赤ん坊、少年の幼い弟だった。</p>
<p>ヨーロッパ式に行われる南アフリカの法廷。少年に面識のある主人公の弁護士は、この件のバックグラウンドを追い求めるにつれ、より苦悩を深めていく。一体、どこに線をひけばいいのか。一体、A Reasonable Manとは誰？そんなものがどうやって定義できる？</p>
<p>今でも強い影響力を持ち続ける、呪医サンゴーマ。主人公の男は、不気味な薬を調合してもらう。信じることなしに、先にすすむことはできない時もあ る。誰もが、トコロシュをはっきりと描くことはできない。それは幻想であるとしても、同時にリアルでもある。少年を襲った怖れ・怯えに男がたどり着くと き、発すべき言葉はあるのだろうか？</p>
<p>この物語は、実話に基づいている。南アフリカでは有名なストーリーのひとつであり、類似したケースもまた多い。南アフリカ人に、この映画の話をする と、「それは実際にある話だね。」という返事が返ってくることだろう。白人アフリカーンスの裁判官に、ズールーの少年の心理を、トコロシュを理解してもら うのは難しい。それに、理解したところで、一体何がREASONABLEなのか答えることは、さらに難しい。僕にとっても、もちろん。ただ、理解しないこ とには、その先の判断はあり得ないとは思うけれども…。</p>
<p>ギャヴィン・フッド監督にとって、初監督作品となるこの作品は、長年あたためられてきたストーリーだった。1993年に、ダイアナ・トーマス脚本賞 を獲り注目されたものの、このストーリーは当初、商業的に不確かな南アフリカのストーリーとして、注目されたわけではなかった。ギャヴィンは、ネイティ ブ・アメリカンのストーリーに置き換えて製作しようとしたプロデューサーの提案を断り、自らの手で、「南アフリカの」ストーリーとしてつくることを決意し た。公開までには、さらに6年の歳月を要した。</p>
<p>編集を務めたアヴリル・ビュークはこう言っている。</p>
<blockquote><p>『A Reasonable Man』はまさに、南アフリカのフィルムなんです。けれども、私が信じているのは、これは同時に、まったくインターナショナルなフィルムでもあるのです。 我々はまさに、社会の一セクションとしてではなく、社会全体として、私たちのストーリーを語りはじめる必要があるのです。</p></blockquote>
<p><img src="http://www.naganajapan.org/jp/archives/images/areasonableman.jpg" alt="" width="459" height="152" /></p>
<hr /><strong>A Reasonable Man</strong><br />
1999年　南アフリカ / フランス　103分<br />
監督：ギャヴィン・フッド</p>
<p>ギャヴィン・フッド監督は、最新作『Tsotsi』で2005年アカデミー賞外国語映画賞を獲得。『Tsotsi』は2007年4月より日本公開の予定。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>思考のルーツを辿る &#8211; 川田順造 『無文字社会の歴史』</title>
		<link>http://www.naganajapan.org/2009/08/02/junzokawada-mumozisyakainorekishi/</link>
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		<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 13:31:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kazu</dc:creator>
				<category><![CDATA[書籍]]></category>
		<category><![CDATA[マリ]]></category>

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		<description><![CDATA[文字を用いなかった、あるいはいまも用いていない社会は、世界に数多い。言語は人類に普遍的に用いられているが、文字は少しも普 遍的ではない。文字を実際に使う人の数ということも考慮にいれれば、大部分の人が文字を用いなかった社会 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote><p>文字を用いなかった、あるいはいまも用いていない社会は、世界に数多い。言語は人類に普遍的に用いられているが、文字は少しも普 遍的ではない。文字を実際に使う人の数ということも考慮にいれれば、大部分の人が文字を用いなかった社会の方が、人類の歴史の中でははるかに多かったにち がいない。<br />
川田順造 『無文字社会の歴史』P3から</p></blockquote>
<p>僕らは、とかく現代的なるものと、伝統的なるものを比較して、物事を見ることに慣れきってしまってはいないだろうか。そもそも伝統的なるものとは、一体何なのだろうか。</p>
<p>言葉遣いが、思考を固定化していしまうという危険を常々感じている。例えば僕は、「彼はいいやつだ」、ということは極力言わないようにしている。ま た、僕の嫌いな文句のひとつに「どこにだって、いい人もいれば、悪い人もいる」というのがある。こういった文句によって、たとえ本人がそんなつもりはなく とも、全ての人はいい人と悪い人にわけられる、という単純な善悪二元論に、少なくともいくらかは、とらわれている気がするのだ。</p>
<p>『無文字社会の歴史』は、著者自身の調査、研究、体験等を通じて、僕らの陥りがちなステレオタイプや思い込みの罠から解き放ってくれる。</p>
<p>例えば、17章の「「伝統的」社会という虚像」をみてみよう。</p>
<blockquote><p>私は、ヨーロッパ勢力による植民地支配の影響が浸透する以前の黒人アフリカ社会を指すのに、「伝統的」という形容を用いることを 意識して避けてきた。それは、ある社会とくに非西洋社会を、「近代化された」社会と対置させ、「伝統的」と規定することによって、「伝統的＝非西洋的＝固 定的」「近代的＝西洋的＝発展的」とみる皮相な二元論にしらずしらず陥る可能性を、基本的な用語からはじめて排除したいと考えたからである。<br />
川田順造 『無文字社会の歴史』P185から</p></blockquote>
<p>まさに、それは皮相に過ぎないのだが、著者は自身のフィールドである西アフリカはモシ族の社会における明確な例示によって、これを補足する。</p>
<p>以下、簡単に要約する。</p>
<p>南部モシ族の首長の一人、ワルガイ・ナバは、「伝統的」な儀礼の数々を執り行っている強大な首長であった。一方、隣接するラルガイ・ナバは、「伝統 的」な儀礼もごく簡略にしか執り行わない首長であった。しかし、よくこの両者の過去をさかのぼって調べると、一見「伝統的」な儀式を保っているように見え るワルガイの方は、第一次大戦以降、フランス植民地行政当局に地位を与えられてから後、格式ある「伝統的」首長としての体裁をととのえ強化するために腐心 したことがわかり、一方のラルガイは、より古い時代の系譜はワルガイのものより詳細であるのだが、フランスの侵攻以後には、勢力を失い、「伝統的」な儀礼 を簡略化するようになったことがわかる。</p>
<blockquote><p>つまりこの二人のモシ族の首長は、植民地化以後の外からの力の影響によって、一方は「伝統的」になり、他方は「伝統的」でなくなったのである。</p>
<p>こうした変化を生じさせた過去を十分にたどることなしに、現在だけを観察する者は、「伝統的」とされるものがもつ屈曲した意味に、たやすく欺かれるであろう。<br />
川田順造 『無文字社会の歴史』P188から</p></blockquote>
<p>2005年末、僕は西アフリカのガーナ共和国に降り立ち、東隣のトーゴを抜け、ブルキナファソへと入った。そうして、本書における重要な舞台のひと つでもある、テンコドゴの町に訪れていた。きれいに伸びる一本のアスファルトの道路、脇道に少し入れば砂っぽい道が細々とつづいていた。</p>
<p>はるかな歴史の上に、今の大地がある。それは一個人が想像するには、あまりあるものなのかもしれない。</p>
<p>けれども、丹念に、一つずつ、自分の足で、人々の声を、過去の足跡を拾い上げていくことで、歴史というのものが時に顔をのぞかせてくれる一瞬をつかめることがあるのかもしれない。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>ObservatoryとFreshlyground</title>
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		<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 13:26:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kazu</dc:creator>
				<category><![CDATA[音楽]]></category>
		<category><![CDATA[obz]]></category>
		<category><![CDATA[南アフリカ]]></category>

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		<description><![CDATA[最初にFreshlygroundの名前を聞いたのはいつのことだろう。そう、あれはいつものように、オブザバトリーのVoilaという店でコーヒーを啜っていたときのことだったと思う。
ウェイトレスのEは、車やらミュージシャンや [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>最初に<strong>Freshlyground</strong>の名前を聞いたのはいつのことだろう。そう、あれはいつものように、オブザバトリーのVoilaという店でコーヒーを啜っていたときのことだったと思う。</p>
<p>ウェイトレスのEは、車やらミュージシャンやらヌードモデルやらが表紙の雑誌をもってきて、いたずらっぽくたずねる。</p>
<p>「雑誌でも読まない？何がいいかな、クルマ？音楽？それとも……、女の子？」</p>
<p>Eは女優の卵で、半年後には夢を追いかけ、カナダへと渡った。Voilaは、2年後に店じまいしていた。あの時、Eにこのオブザバトリーに住む ミュージシャンのCDとして紹介してもらったのが、Freshlygroundだった。まだ最初のCDを出してすぐのことだったと思う。あの頃は、ケープ タウンのCDショップにも滅多に置いてなかった。</p>
<p>それから、しばらくしてやはりVoilaで、あるゲイの友人に偶然会い、彼に誘われて野外ライブに出かけた。初めて観たFreshlygroundのライブだった。テーブルマウンテンの麓のステージ最前列で踊り戯れ、心の底から楽しんだ。</p>
<p>誰かが、Freshlygroundの音楽は、少しカリヴィアンな感じがする、と言っていた。よくわからないけど、空高く突き抜けるような歌声に、 なんとなくそんな部分を俺も感じるような気がする。基本的には、ジャズなんだと思う。彼らは、アフロフュージョンとも言ったりしている。また、英語で歌っ ている部分も多いけれども、同時にボーカルの女の子の母国語であるコーサ語の響きがすてきで、いくらかはこの地の黒人音楽の特色を反映しているんだろう。</p>
<p>２年くらい前は、オブザバトリーの町を歩いていると、メンバーによく遭遇した。時に、酔っているのか木に登っていたりする場面を見たりもした。何人 かは、昨年僕が仕事をしていた南アフリカドキュメンタリー映画祭にも顔を見せてくれた。Freshlygroundは、僕らが暮らしていた<strong>オブザバトリーのバンド</strong>だった。</p>
<p>2005年に、ケープタウンに再訪した際には少し驚いた。当地では相当な人気ミュージシャンになっていて、ラジオでは彼らの曲がひっきりなしにか かっていた。それもある一つの曲のみが延々と流されていた。ヒットする時ってそんなものかもしれないけど、俺は少し複雑だった。ライブが始まる前に、いつ もステージのふちに座って足をブラブラしてリラックスしている、そんな感じだったボーカルのゾラーニが見られなくなるとしたら、少し寂しいよ。</p>
<p>今ではヨーロッパや世界各地でライブをして周っていて、ケープタウンにいないことも多いようだけど、僕らの中では、彼らはいつまでもケープタウンの、オブザバトリーのバンドなのだ。これは、最高の賛辞なんだよ。Observatoryはそういう土地なんだから。</p>
<p>実は、このFreshlygroundは、2005年に愛知万博で演奏するために日本にも来ていた。去年、キーボードのアロンに会った時には、また日本に行くことはあると思うよ、って言っていた。</p>
<p>そういえば、アロンは、ヒロシマの日に俺がプレゼントした折鶴をどうしただろうか。</p>
<p><img src="http://www.naganajapan.org/jp/archives/images/freshlyground-thumb.jpg" alt="" width="400" height="72" /><br />
【公式サイト】 <a href="http://www.freshlyground.com/">http://www.freshlyground.com/</a></p>
]]></content:encoded>
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		<title>46664コンサート &#8211; 自由への長い道</title>
		<link>http://www.naganajapan.org/2009/08/02/46664concert/</link>
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		<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 13:22:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kazu</dc:creator>
				<category><![CDATA[音楽]]></category>
		<category><![CDATA[HIV/AIDS]]></category>
		<category><![CDATA[ネルソン・マンデラ]]></category>
		<category><![CDATA[南アフリカ]]></category>

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		<description><![CDATA[ネルソン・マンデラの名を聞いたことがない人は、そういないだろう。南アフリカでアパルトヘイト（人種隔離政策）が廃止されて初の全人種参加の民主選挙によって、新生南アフリカ共和国の大統領となった人物である。
では、「46664 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ネルソン・マンデラの名を聞いたことがない人は、そういないだろう。南アフリカでアパルトヘイト（人種隔離政策）が廃止されて初の全人種参加の民主選挙によって、新生南アフリカ共和国の大統領となった人物である。</p>
<p>では、「46664」、あるいは「27」という数字にはピンとくるだろうか。これは南アフリカ人にとっては、マンデラの名とともに、深く結び付けられたものとして広く知られた数字であり、おそらく当地で知らない人はほとんどいないのではないだろうか。</p>
<p>46664とはマンデラがロベン島に投獄されていた際の囚人番号で、27とは彼が投獄されていた年数（うちロベン島には18年）である。それから月 日は流れ、マンデラは、南アフリカの、そしてアフリカの未来のために立ち向かわなくてはならない問題として、エイズとの闘いを宣言した。</p>
<blockquote><p>もはやエイズはただの病気ではありません。基本的人権の問題なのです。それはあらゆる年齢の人びとを襲いますが、とりわけ若者、アフリカの若者に被害をもたらしています。彼ら全員のために、我々は行動を、それも今すぐに行動を起こさなければなりません。<br />
46664コンサートでのマンデラの演説から</p></blockquote>
<p>そうして結成されたプロジェクトが「<a href="http://46664.tiscali.com/">46664</a>」である。そして、2003年末、世界中のミュージシャンがマンデラのもとに、南アフリカのケープタウンに集結して、このプロジェクトのためのコンサートが開催された。</p>
<p>今、この文章を綴っている僕の部屋の片隅では、この46664コンサートのDVD映像が流れている。音を奏で、うたっているのは、南アフリカのクワ イトのグループ「ボンゴ・マフィン」だ。クワイトとは、ラップやハウス、レゲエなどの影響がミックスされて生まれた南アフリカ特有の音楽のこと。この演奏 は、僕がこのコンサートの中で特に気に入っているものだ。U2のボノとエッジ、ビヨンセ、「ビコ」をうたうピーター・ガブリエルなどの欧米の有名ミュージ シャンの見所も多いが、これからDVDやCDで観る人には、ぜひアフリカのミュージシャンの魅力に触れてほしい。セネガルの英雄、ユッスー・ンドゥールは 言うに及ばず、同じくセネガル出身のバーバ・マール、ベナン出身のアンジェリカ・キジョー、南アフリカのイヴォンヌ・チャカ・チャカ、レディスミス・ブ ラック・マンバーゾ、そして、先述したボンゴ・マフィン。</p>
<p>46664は、このプロジェクト、そしてコンサートに冠せられただけでなく、ひとつの曲にもなった。そして、この曲に命を吹き込んだのが、ジョー・ ストラマーであった。しかし、ジョーはこの曲づくりの半ばに、逝ってしまった。2002年の暮れだった。「46664 LONG WALK TO FREEDOM」は、ジョーの書いた最後の曲となった。</p>
<p>未完だったこの曲は、U2のボノやユーリズミックスのデイヴ・スチュワートの手によって完成され、このコンサートで初めて披露された。ボノ、エッ ジ、デイヴ・スチュワート、それから、ジャマイカのアブデル・ライトによるこの時の演奏は、このコンサートの最高の場面のひとつだ。ボノは、ジョー・スト ラマーのラストソングだ、とつぶやき、それから歌いはじめた。</p>
<p>2003年末、僕はこのコンサートの行われた、南アフリカのケープタウンにいた。けれども、ここに参加することはなかった。理由のひとつに、入場料 が高く、まわりの友人でも行く者はそれほど多くなく、たいがいは裕福な観光客や留学生だったことがある。高いといっても、このＤＶＤよりも安い程度だった と思う。</p>
<p>このコンサートをぜひ観て欲しい。けれども、同時にこの華やかなコンサート映像の片隅で決して忘れないで欲しいのは、たとえこの場所に来たくとも、 叶わない人々のこと、そしてこの場所においては、そういった人々が大多数であるということ。ましてやエイズ患者、貧困、偏見、差別との闘いを強いられてい る人々であれば、なおさらこの舞台からは見えにくい場所にいるのだろうから。</p>
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		<title>生存と芸術の記録 &#8211; 『Bunso:the youngest』</title>
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		<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 13:19:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kazu</dc:creator>
				<category><![CDATA[映画]]></category>
		<category><![CDATA[フィリピン]]></category>

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		<description><![CDATA[トニー（13歳、男）、ブンソー（11歳、男）、ジョセル（11歳、男）。彼らは、檻の中と外を行ったり来たりしている。親が面会に来ることは滅多 にない。見捨てられたのだ。貧しい家庭に育ち、職のない父親に日夜暴力を振るわれる少 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>トニー（13歳、男）、ブンソー（11歳、男）、ジョセル（11歳、男）。彼らは、檻の中と外を行ったり来たりしている。親が面会に来ることは滅多 にない。見捨てられたのだ。貧しい家庭に育ち、職のない父親に日夜暴力を振るわれる少年は、家を出て、生きるために盗みをする。母親はアルコールに溺れ絶 望するばかり。そして、捕まっては刑務所行きをくりかえす。</p>
<p>ここに映し出されるフィリピンにある刑務所の環境は劣悪というに尽きる。少年たちは、数百人の大人の囚人たちとともに、狭い監獄にぶちこまれる。レ イプ魔や殺人者とともに、些細な万引きをした少年は暮らすことを強いられる。寝るために横になるだけのスペースを確保することができれば幸運で、立ったま ま寝なくてはならなかったり、あるいは天井裏に寝ることになる。食事もとてもじゅうぶんに行き渡らない。</p>
<p>映画 『Bunso : the youngest』がドキュメンタリーであることには疑いはない。しかし、ここに映し出されるのは、希望を見い出したく、嘘であってほしい、と願いたくなるような現実である。</p>
<blockquote><p>僕らは、ここ（刑務所）にいても未来なんてないんだ。<br />
ここで成長して、一体何になれって言うの？<br />
どろぼう。生きるために…。<br />
他に何が？<br />
－ブンソーのセリフ</p></blockquote>
<p>それでも、たとえ状況がどうしようもなく絶望的であっても、これはそういった状況を伝えるというだけの映画ではない。この映画はまさに活力に満ちている。そして、誤解を恐れずに言えば、すばらしく美しい映画なのだ。</p>
<blockquote><p>（刑務所で）僕が考えること？お母さんは、もうずっと来ていない。<br />
弟や妹がどうしてるかなって。彼らはちゃんと食べるものがあるんだろうかって。弟や妹に会いたいよ。<br />
－トニーのセリフ</p></blockquote>
<p>そこには、映像的な表現能力も見いだせるであろう。しかし、何より特筆すべきなのは、少年たちの生きる力、エネルギーに満ち満ちたその動き、その表現である。ブンソーは11歳の少年らしく、そう大人びているわけではない。</p>
<p>まれにやってくるブンソーの母親は、檻の中の息子に対して、きちんと振舞いなさい、と繰り返し言いつける。そんなことだから、おまえはこんなところ に入っているんだ、と説教がはじまる。対してブンソーは、こんなところに子供の僕を置いといて、許されるわけがないと言い、暴れまわる。それは気が狂って いるという類の行動ではないのだ。救われないもどかしさを、誰よりも実感しつづけているのは、明らかに少年自身ではないのか。</p>
<p>保護者に見捨てられたストリートチルドレンは、仲間をつくり連帯して生きる。子供っぽい口調ではあっても、社会の不条理を嘆く子供たちの声には、何 よりも胸に響くパワーがある。歩き、話し、食べ、飲み、走り、寝る。仕草や態度ひとつとっても、少年は、生きるというエネルギーそのものを表現しているの だ。僕はブンソーに、生きることは、表現であり、アートなのだと気づかされる。</p>
<p>時に、少年は寂しさを紛らわすために、唄をうたう。勉強して学校に行きたい、まともな生活を送りたいという想いを唄にこめて、声高くうたう。僕らは ブンソーのような子供たちを放っておけるのか？涙をぬぐい、歩を進めなくてはならないのは、今この時ではないのか。少年の歌声が頭の中をくりかえし、くり かえし、かけめぐる。</p>
<p><img src="http://www.naganajapan.org/jp/archives/images/bunso.jpg" alt="Bunso : the youngest" width="249" height="188" /></p>
<hr /><strong>Bunso : the youngest</strong><br />
2004年　フィリピン　64分<br />
監督：Ditsi Carolino</p>
<p>日本未公開</p>
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		<title>言葉に依らないリアリティ &#8211; 『The Storekeeper』</title>
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		<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 12:03:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Kazu</dc:creator>
				<category><![CDATA[映画]]></category>
		<category><![CDATA[南アフリカ]]></category>

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		<description><![CDATA[後にアカデミー賞作品を生み出すことになるギャヴィン・フッド監督の最初の映画は、すばらしく美しい作品だった。監督が、自分の生まれ育った南アフ リカの地をどれほど愛しているかは、このわずか22分のショートストーリーを見れば、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>後にアカデミー賞作品を生み出すことになるギャヴィン・フッド監督の最初の映画は、すばらしく美しい作品だった。監督が、自分の生まれ育った南アフ リカの地をどれほど愛しているかは、このわずか22分のショートストーリーを見れば、俺には聞くまでもないことだと断言できる。</p>
<p>おそらく、何十年南アフリカに住んでいようとも、小さなコミュニティに縛られている人にはわからないだろう、わずかな人々の機微とでも言うものを見事なまでに敏感に表現している。俳優たちの演技も申し分ない。</p>
<p>この映画には、登場人物のセリフも、ナレーションもない、大げさなBGMもない。あるのは、眼の動き、手や身体の動きで表現すること、それと、背景 に流れるさりげない日常の音、虫の音、ラジオの音、教会に響く合唱。そうして、連なる映像は、見事というしかないリアリティを私たちに投げかける。</p>
<p>郵便配達のおじいさんが自転車に乗ってやってくる。丘の上にたたずむ一軒の雑貨屋。店を営むひとりの男が一通の手紙を開封する。そこには「ウェディ ング」の文字が。届けてくれた配達員のおじいさんに、男はにっこり笑って見せる。幸福な雰囲気を辺りが包む。その夜、男の雑貨屋としてのいつものルー ティーンワークも、どことなく、普段よりも楽しげに見える。</p>
<p>そんな男の日常に、翌朝一筋の暗い影が差し込んだ。寝室で寝ている間に、窓をこじ開けられ、商品を盗まれてしまったのだ。息子の結婚式まであと二日。結婚式の準備と同時に、より入念な防犯対策を余儀なくされた男の物語は、ここから思わぬ方向にまわってゆく。</p>
<p>結末はひどく悲しい。教会の合唱が響きつづける。郵便配達のおじいさんはただ軽く目線を下げ、そして去っていく。</p>
<p>安易な言葉に頼らないがこそ、じゅうぶんにリアリティを表現しうることはある。ギャヴィン・フッド監督の一連の作品が、なかでもこの静かな小品が、そのことを何よりも立証している。</p>
<p><img src="http://www.naganajapan.org/jp/images/storekeeper.jpg" alt="The Store Keeper" /></p>
<hr /><strong>The Storekeeper</strong><br />
1998年　南アフリカ　22分<br />
監督 : ギャヴィン・フッド<br />
日本未公開</p>
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