ネルソン・マンデラの名を聞いたことがない人は、そういないだろう。南アフリカでアパルトヘイト(人種隔離政策)が廃止されて初の全人種参加の民主選挙によって、新生南アフリカ共和国の大統領となった人物である。
では、「46664」、あるいは「27」という数字にはピンとくるだろうか。これは南アフリカ人にとっては、マンデラの名とともに、深く結び付けられたものとして広く知られた数字であり、おそらく当地で知らない人はほとんどいないのではないだろうか。
46664とはマンデラがロベン島に投獄されていた際の囚人番号で、27とは彼が投獄されていた年数(うちロベン島には18年)である。それから月 日は流れ、マンデラは、南アフリカの、そしてアフリカの未来のために立ち向かわなくてはならない問題として、エイズとの闘いを宣言した。
もはやエイズはただの病気ではありません。基本的人権の問題なのです。それはあらゆる年齢の人びとを襲いますが、とりわけ若者、アフリカの若者に被害をもたらしています。彼ら全員のために、我々は行動を、それも今すぐに行動を起こさなければなりません。
46664コンサートでのマンデラの演説から
そうして結成されたプロジェクトが「46664」である。そして、2003年末、世界中のミュージシャンがマンデラのもとに、南アフリカのケープタウンに集結して、このプロジェクトのためのコンサートが開催された。
今、この文章を綴っている僕の部屋の片隅では、この46664コンサートのDVD映像が流れている。音を奏で、うたっているのは、南アフリカのクワ イトのグループ「ボンゴ・マフィン」だ。クワイトとは、ラップやハウス、レゲエなどの影響がミックスされて生まれた南アフリカ特有の音楽のこと。この演奏 は、僕がこのコンサートの中で特に気に入っているものだ。U2のボノとエッジ、ビヨンセ、「ビコ」をうたうピーター・ガブリエルなどの欧米の有名ミュージ シャンの見所も多いが、これからDVDやCDで観る人には、ぜひアフリカのミュージシャンの魅力に触れてほしい。セネガルの英雄、ユッスー・ンドゥールは 言うに及ばず、同じくセネガル出身のバーバ・マール、ベナン出身のアンジェリカ・キジョー、南アフリカのイヴォンヌ・チャカ・チャカ、レディスミス・ブ ラック・マンバーゾ、そして、先述したボンゴ・マフィン。
46664は、このプロジェクト、そしてコンサートに冠せられただけでなく、ひとつの曲にもなった。そして、この曲に命を吹き込んだのが、ジョー・ ストラマーであった。しかし、ジョーはこの曲づくりの半ばに、逝ってしまった。2002年の暮れだった。「46664 LONG WALK TO FREEDOM」は、ジョーの書いた最後の曲となった。
未完だったこの曲は、U2のボノやユーリズミックスのデイヴ・スチュワートの手によって完成され、このコンサートで初めて披露された。ボノ、エッ ジ、デイヴ・スチュワート、それから、ジャマイカのアブデル・ライトによるこの時の演奏は、このコンサートの最高の場面のひとつだ。ボノは、ジョー・スト ラマーのラストソングだ、とつぶやき、それから歌いはじめた。
2003年末、僕はこのコンサートの行われた、南アフリカのケープタウンにいた。けれども、ここに参加することはなかった。理由のひとつに、入場料 が高く、まわりの友人でも行く者はそれほど多くなく、たいがいは裕福な観光客や留学生だったことがある。高いといっても、このDVDよりも安い程度だった と思う。
このコンサートをぜひ観て欲しい。けれども、同時にこの華やかなコンサート映像の片隅で決して忘れないで欲しいのは、たとえこの場所に来たくとも、 叶わない人々のこと、そしてこの場所においては、そういった人々が大多数であるということ。ましてやエイズ患者、貧困、偏見、差別との闘いを強いられてい る人々であれば、なおさらこの舞台からは見えにくい場所にいるのだろうから。




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